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山口地方裁判所 昭和51年(行ウ)9号 判決

原告 藤崎龍男 外四名

被告 国

訴訟代理人 麻田正勝 有吉一郎 山崎豊 清水龍三 森義則 外一一名

主文

原告らの主位的請求、予備的請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

(主位的及び予備的請求の趣旨)

1 被告は山口県下松市に対し金一四四八万八二二八円とこれに対する昭和五一年一一月七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 仮執行宣言

二  被告

(本案前の答弁)

1 原告らの本件主位的訴え、予備的訴えをいずれも却下する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

(本案に対する答弁)

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告らはいずれも肩書地に住居を有する山口県下松市の住民である。

2  下松市は、児童急増による教室不足解消のため花岡小学校校舎の新増築(以下「本件新増築事業」という)を、昭和五〇年八月二〇日、競争入札により株式会社中山組外二社に請負わせて施行し、昭和五一年三月一九日完成した新増築新校舎の引渡を右各請負業者から受け、翌三月二〇日から使用を開始した。

下松市が右新増築事業に要した経費は、

(一) 工事費 一億一三四六万円

(二) 事務費 四五二万八五四四円

の合計一億一七九八万八五四四円であり、同市は昭和五一年五月二四日までにその全額を支払つた。

3  本件新増築事業につき、下松市が被告から交付を既に受けた国庫負担金の額は六一四五万七〇〇〇円であり、その交付に至る経緯は次のとおりである。

(一) 下松市長は、本件新増築事業につき昭和五〇年五月七日文部大臣に対し義務教育諸学校施設費国庫負担法施行令(以下「義務法施行令」という)一条二項に基づき、国庫負担事業認定申請書を左記内容で提出した。

(1) 学校名 花岡小

(2) 構造別 R(鉄筋コンクリート造のこと)

(3) 面積  一一四八平方メートル

(4) 工事費 一億一一八七万円

(5) 事務費 一一八万七〇〇〇円

(6) 負担率 三分の二

(7) 国庫負担申請額 七九九二万四〇〇〇円

(8) 備考  急増

(二) 被告は山口県教育委員会を通じて県下各市町村長宛に、昭和五〇年度公立文教施設整備費国庫負担事業に係る建築単価につき、山口県下における国庫負担の基準となる小中学校校舎の建築単価を、

R(鉄筋コンクリート造り)一平方メートルあたり七万三四〇〇円

S(鉄骨造り)一平方メートルあたり六万〇六〇〇円

W(木造)一平方メートルあたり四万五六〇〇円

とする旨の通知をした。

(三) 文部大臣は、昭和五〇年七月一五日付で前記(一)の下松市の事業認定申請に対し、次の内容の事業認定決定を行なつた。

(1) 学校名 花岡小

(2) 構造  R(鉄筋コンクリート造り)

(3) 面積  一一四八平方メートル

(4) 単価  七万六四〇〇円(前記(二)による工事単価七万三四〇〇円に杭打工事の一平方メートルあたり単価三〇〇〇円を加算したもの)

(5) 工事費 八七七〇万七〇〇〇円

(6) 事務費 八七万七〇〇〇円

(7) 負担率 二分の一

(8) 国庫負担(補助)金内定額 四四二九万二〇〇〇円

(四) 被告は、昭和五〇年七月二一日、下松市長に対し山口県教育委員会を通じて、補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律(以下「適正化法」という)五条に基づく下松市から被告に対する国庫負担金交付申請につき、交付申請額は文部大臣により認定された右(三)記載の国庫負担金内定額を超えてはならない旨の通知をした。

(五) 下松市長は、昭和五〇年七月二五日、文部大臣に対し、本件新増築事業につき次の内容の適正化法五条に基づく国庫負担金交付申請を提出した。

(1) 学校名 花岡小

(2) 構造  R(鉄筋コンクリート造り)

(3) 面積  一一四八平方メートル

(4) 単価  七万六四〇〇円

(5) 工事費 八七七〇万七〇〇〇円

(6) 事務費 八七万七〇〇〇円

(7) 負担率 二分の一

(8) 国庫負担金交付申請額 四四二九万二〇〇〇円

(六) 文部大臣は、昭和五〇年九月一二日付で右(五)の国庫負担金交付申請に対し、次のとおりの公立学校施設整備費補助金交付決定を行なつた。

(1) 事業に要する経費 八八五八万四〇〇〇円

(2) 国庫負担金の額  四四二九万二〇〇〇円

(七) 文部大臣は、昭和五〇年一一月一日付で国庫負担金内定額五九〇五万六〇〇〇円として前記(三)記載の事業認定決定を変更する認定決定をした。

右は下松市が昭和五〇年度、義務教育諸学校施設費国庫負担法(以下「義務法」という)附則三項の文部大臣の指定を受けたことにより、先の認定決定における負担率二分の一を三分の二に変更したものである。

(八) 右認定決定の変更に伴い、下松市長は昭和五〇年一一月七日文部大臣に対し、

負担率 三分の二

国庫負担金交付申請額 五九〇五万六〇〇〇円

とする国庫負担金変更交付申請を行なつた。

(九) 右国庫負担金変更交付申請に対し、文部大臣は昭和五〇年一二月一〇日付で、次のとおりの公立学校施設整備費補助金変更交付決定を行なつた。

(1) 事業に要する経費 八八五八万四〇〇〇円

(2) 国庫負担金の額  五九〇五万六〇〇〇円

(3) 今回増額する国庫負担金の額 一四七六万四〇〇〇円

(一〇) 下松市長は、昭和五一年三月文部大臣に対し、前記(一)記載の国庫負担事業認定申請書を、本件新増築事業の面積につき一一五一平方メートルに増積する内容のものに差し換えて提出した。

(一一) 文部大臣は、昭和五一年三月一三日、右差し換えられた国庫負担事業認定申請書に対応し、かつ建築単価を引き上げ、

(1) 面積  一一五一平方メートル

(2) 単価  七万九三〇〇円

(3) 工事費 九一二七万四〇〇〇円

(4) 事務費 九一万二〇〇〇円

(5) 国庫負担金内定額 六一四五万七〇〇〇円

と前記(七)の認定決定を変更する認定決定をした。

(一二) 右認定を受けて下松市長は、昭和五一年三月一三日文部大臣に対し右認定決定額に対応する国庫負担金変更交付申請をした。

(一三) 右交付申請に対し文部大臣は、昭和五一年三月二五日次のとおり公立学校施設整備費補助金変更交付決定をした。

(1) 事業に要する経費 九二一八万六〇〇〇円

(2) 国庫負担金の額  六一四五万七〇〇〇円

(3) 今回増額する国庫負担金の額 二四〇万一〇〇〇円

(一四) 下松市は、右交付決定を経た国庫負担金六一四五万七〇〇〇円の交付を被告から次のとおり受けた。

(1) 昭和五〇年一二月一七日 二九八九万七〇〇〇円

(2) 昭和五一年四月二八日 三一五六万円

4  本件新増築事業につき被告が負担すべき国庫負担金の額は七五九四万五二二八円であり、右国庫負担金に係る請求権は義務法の規定により発生し、文部大臣の認定(義務法施行令一条二項)及び交付決定(適正化法六条)を経ることを要しないと解すべきであるから、下松市は既に交付を受けた六一四五万七〇〇〇円を超える一四四八万八二二八円につき国庫負担金請求権を被告に対しなお有している。

又、右の行使については適正化法の手続によることを要しないと解すべきであるから、下松市は右一四四八万八二二八円を被告に対し直接訴求できると言うべきである。

即ち、

(一) 被告は憲法二六条により基本的に学校施設整備の義務を負つており、それゆえにこそ、地方財政法一〇条によりその費用負担が義務づけられると共に、同法一一条によりその具体的な費用負担に関しては法令で定めることとし、行政裁量が介在することを排除し、もつて国による地方自治体への負担転嫁がなされることのないようにしているのである。

右地方財政法一一条の規定を受け、義務教育諸学校の建物建築に要する経費についての国庫負担金請求権の発生要件を規定したのが義務法であり、右に係る国庫負担金の額は義務法及びその附属令規である義務法施行令、義務法施行規則及び文部大臣の決定する細目基準により、個々の事業毎の行政裁量を経ることなく客観的に定まるのである。

(二) 本件新増築事業に係る国庫負担金の額は、教室の不足を解消するための校舎の新増築に要する経費の三分の二であるところ(義務法三条一項一号、附則三項)、右の経費とは工事費(本工事費及び附帯工事費)及び事務費を言い(義務法四条)、工事費は原則として新増築を行なう年度の五月一日現在における当該学校の学級数に応ずる必要面積から同日現在の保有面積を控除した面積を、当該新増築を行なおうとする時における建築費を参酌して文部大臣が大蔵大臣と協議して定める一平方メートル当たりの建築単価に乗じて算定し(義務法五条一項、七条)、事務費は右工事費に百分の一を乗じて算定する(義務法九条、義務法施行令一〇条)。

本件新増築事業につき義務法五条一項による必要面積から保有面積を控除した面積は一六八八平方メートルであるが、実際の施行面積は一一五一平方メートルであるから、施行面積が工事費算定の基礎となる面積である。

文部大臣は、義務法七条による一平方メートル当たりの建築単価を、昭和五〇年度鉄筋コンクリート造りにつき七万三四〇〇円(もつとも後に七万九三〇〇円に増額)と定めたが、右は時価額より不当に低く、時価を参酌したものとは到底言えないから義務法七条に反し無効である。

建築単価に関しては下松市が実際に要した九万七九九三円が時価相当額と言えるから、これを工事費算定の基準とすべきものである。

よつて、本件新増築事業に要する経費は、

(1) 工事費 一億一二七八万九九四三円

(97,993円×1151m2)=112,789,943円)

(2) 事務費 一一二万七八九九円

(112,789,943円×1/100=1,127,899円)

の合計一億一三九一万七八四二円であり、その三分の二の七五九四万五二二八円が国庫負担金の額である。

(三) 義務法三条一項は「政令で定める限度」で国が費用を負担する旨規定し、義務法施行令一条一項は毎会計年度ごとの国庫負担金の総限度額を規定し、同条二項は国庫負担金の交付を受けようとする地方公共団体の長は当該新増築事業につき文部大臣の認定を受けなければならない旨、同条三項は文部大臣の認定は一項の限度額の範囲内でしなければならない旨規定する。

義務法三条一項の「政令で定むる限度」とは義務法施行令一条一項のみを指すと解すべきであるし、仮にそうではないとしても、文部大臣による認定制度は国庫負担金請求権の存否及び額のすべての決定を文部大臣に白紙委任するものであつて、義務法三条一項の委任の範囲を逸脱していることはもとより、国の負担割合等につき法令で定めることとした地方財政法一一条、国の負担を義務づけた同法一〇条、国の地方自治体への費用転嫁を禁じた同法二条二項にも反し、更には地方自治体の学校設置権限(地方自治法二条三項五号)をも犯し、ひいては憲法九二条、九四条にも反するものである。従つて、右違法な文部大臣の認定制度及びこれを前提とする義務法施行令一条の各規定は、いずれも無効と解すべきである。

(四) 義務教育諸学校の建物建築に要する経費に係る国庫負担金請求権は前記のとおり義務法の規定により発生するものであり、適正化法は、こと負担金に関する限り裁量的な補助金とは異なつて、その行使の要件を定めた手続法に過ぎないと解すべきである。従つて、文部大臣の交付決定(適正化法六条)は、既に発生している国庫負担金請求権を確認する行為に過ぎない。又、本件のごとく文部大臣の認定(義務法施行令一条二項)を超える額につき交付決定が得られず、適正化法の手続によりその行使が不可能な事情の存する場合には、右認定を超える額については適正化法の手続によることなく、裁判上国に対し直接請求し得ると解すべきである。

5  仮に下松市の有する一四四八万八二二八円の国庫負担金請求権につき、適正化法の手続によらなければその行使ができないとすれば、被告は実体法上その支払義務があるのに、違法な文部大臣の認定制度(義務法施行令一条二項)を有効なものとしてその機関たる文部大臣や山口県教育委員会をしてその運用にあたらせ、前記3のとおり認定額を超える交付申請を妨害し、認定額の範囲内においてしか交付申請をなし得なくさせてその行使を不能ならしめ、もつて支払義務を免れたものである。被告は下松市の損失により法律上の原因なくして一四四八万八二二八円の利得を得たものであり、又下松市の右損失は被告(その機関たる文部大臣及び山口県教育委員会)の故意又は過失による違法な妨害行為によるものに外ならないから、下松市は支払を得られなくなつた一四四八万八二二八円につき、被告に対し不当利得返還請求権ないし不法行為に基づく損害賠償請求権を有する。

6  前記のとおり、下松市は被告に対しなお一四四八万八二二八円の国庫負担金請求権を有し、かつこれを適正化法の手続によることなく裁判上の請求ができると解すべきであるし、仮にこれが不能とすれば、右同額の不当利得返還請求権ないし不法行為による損害賠償請求権を被告に対し有するものである。

しかしながら、下松市長は右請求権のいずれをも行使せず、違法に財産の管理を怠つている。

7  原告らは、下松市長の右怠る事実につき昭和五一年八月二日下松市監査委員に監査請求をしたが、右監査委員は昭和五一年九月三〇日原告らの監査請求を却下した。

8  よつて、原告らは被告に対し、地方自治法二四二条の二により下松市長に代位して、主位的に国庫負担金の履行請求として、予備的に不当利得返還請求ないし不法行為による損害賠償請求として、金一四四八万八二二八円の支払を、これに対する本訴状送達の翌日である昭和五一年一一月七日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払と併せ求める。

二  本案前の抗弁

本件訴えはいずれも監査請求を経ておらず、不適法である。

即ち、原告らは、下松市が被告に対し、本件新増築事業に要した工事費一億一七九八万八五四四円に義務法附則三項に定める負担率三分の二を乗じた七八六五万六〇〇〇円の交付を受ける権利(債権)を有するにもかかわらず、下松市長が六一四五万七〇〇〇円の交付申請を行ない、右金額の交付を受けたのみで一七一九万九〇〇〇円についてはこれを行使せず、下松市の財産の管理を怠つているとして地方自治法二四二条の監査請求をしたものであるが、右一七一九万九〇〇〇円については義務法及び適正化法の規定による文部大臣の認定及び交付決定がなされていないから、後記本案に対する被告の主張で詳論するとおり具体的な請求権として発生しておらず、地方自治法二四二条の監査請求の対象となる財産に該当しない。従つて原告らの右監査請求は不適法であり、下松市監査委員はそれゆえに右監査請求を却下したのであつて、本件のように監査請求が適法に却下された場合には当該事案について監査請求を経たことにならないから、本件訴えはいずれも不適法である。

又、本件予備的訴え中、不法行為に基づく損害賠償の訴えに関しては、国庫負担金請求の主位的訴え、不当利得返還の予備的訴えと全く訴訟物を異にし、かつその要件として本訴で原告らが主張する被告の機関たる文部大臣及び山口県教育委員会の違法行為等について監査請求においては何ら触れられておらず、原告らの監査請求と本件の不法行為に基づく訴えは全く別の事実を前提とするものであるから、不法行為に基づく予備的訴えは、この点からも監査請求前置主義に違反し不適法である。

三  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2のうち事務費が四五二万八五四四円であること及び支払完了日が昭和五一年五月二四日であることは知らないが、その余の事実は認める。

3  同3の事実は認める。

4  同4ないし6は争う。

5  同7のうち原告らが昭和五一年八月二日下松市監査委員に監査請求したこと、昭和五一年九月三〇日右監査委員が原告らの監査請求を却下したことは認める。

四  本案に対する被告の主張

1  公立小学校校舎の新増築に要する経費に係る国の負担金についての具体的な交付請求権は、義務法及び適正化法による文部大臣の事業認定及び交付決定を経て始めて発生するものである。

即ち、公立小学校校舎の新増築に要する費用負担につき、現行法は原則として小学校設置義務者である市町村の負担とし、例外的に国が費用の一部を負担することとし、義務法が例外的に国が負担する部分を具体的に定めているが、同法三条一項は、「政令で定める限度」で国が経費の一部を負担する旨規定している。そして、これを受けて、義務法施行令一条は、一項において文部大臣が大蔵大臣と協議して定める毎年度における国庫負担金の総額を義務法三条一項の「政令で定める限度」とすると共に、二項において国庫負担金の交付を受けようとする地方公共団体に対し当該交付を受けようとする事業につき文部大臣の認定を受けなければならない旨、三項において文部大臣は右認定を行なうにあたつては一項の金額を超えない範囲で行なわなければならない旨を規定している。従つて国は文部大臣の認定の範囲内で公立小学校校舎の建築に要する経費を負担するのである。原告らは、義務法施行令一条は無効であり、国の負担金の額は行政裁量を経ることなく義務法及びその附属令規により客観的に確定し、具体的な請求権として発生する旨主張するが、いずれも何ら根拠のない主張であるばかりか、原告ら主張のような義務法等の規定(なおその際原告らは文部大臣の定める細目基準をも掲げるが、その原告らの主張自体法令の規定のみでは負担金の額を確定し得ず、文部大臣の裁量によらなければならないことを自認するものに外ならない)によつてもその具体的算定がなし得ず、なお文部大臣の個別裁量にまたなければならない面が存するのである。

又、義務法上の負担金は、適正化法の適用を受けるべきものであるから、同法による所定の手続を経たうえ、文部大臣の交付決定によつて始めて具体的な請求権として発生する。即ち、適正化法は負担金についての具体的な交付請求権の発生を交付決定の効果として規定することにより、負担金の不正申請、不正使用の防止等の同法の目的の達成を図つているのである。原告ら主張のように負担金については交付決定を経由することなく各実体法の規定に直接基づいて具体的な請求権が発生するとすれば、前記適正化法の目的達成は不能となるばかりか、国家財政の計画的運用、財源の効率的活用も不可能となつてしまう。

2  原告らが下松市において有すると主張する金一四四八万八二二八円の国庫負担金請求権については、文部大臣の認定及び交付決定を経ておらず、従つて下松市は右につき具体的な請求権を有していないこと明らかである。

第三証拠〈省略〉

理由

第一本案前の抗弁に対する判断

一  監査請求が適法に却下された場合には監査請求を経たことにならないとの点について

原告らが昭和五一年八月二日下松市監査委員に対し監査請求を行ない、下松市監査委員が同年九月三〇日原告らの監査請求を却下したことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第二〇号証、第二一号証の一ないし五によれば、原告らの監査請求の内容は、下松市が被告に対し本件新増築事業に要した工事費一億一七九八万八五四四円に義務法附則三項に定める負担率三分の二を乗じた七八六五万六〇〇〇円の交付を受ける権利を有するにもかかわらず、下松市長が六一四五万七〇〇〇円の交付申請を行ない右金額の交付を受けたのみで、一七一九万九〇〇〇円については適正化法による交付申請も不服申立もしなかつたことにより、同市は右同額の損害を蒙つたが、これは下松市長が同市の財産の管理を違法、不当に怠つているものであるから、右一七一九万九〇〇〇円の損害を補填するための必要な措置を講ずることを求めるというものであつたこと、下松市監査委員の右監査請求を却下した理由は、原告ら主張の権利はいまだ下松市に属しておらず、従つて地方自治法二四二条の監査請求の対象たる財産に該当しないこと、原告ら主張の一七一九万九〇〇〇円に関して適正化法の交付申請や不服申立をしなかつたとの事実は同条の財産の管理を怠る事実に該当しないこと、以上の二点であつたことが認められる。

しかしながら、下松市監査委員が監査請求却下の理由とした監査請求の対象となる財産に該当するか否か、財産の管理を怠る事実に該当するか否かについての判断は監査請求の適不適の問題ではなく、その内容の当否即ち実体に関する問題であるから、原告らの右監査請求は不適法却下を以て目すべきものでなく、下松市監査委員はこれを棄却すべきものであつたのである。然るときは、現に下松市監査委員によりなされた前記却下も、その趣旨は監査請求を棄却するものと解するのが相当であつて、原告らは適法に監査請求を経たものというべきである(東京地判昭和四四年一二月四日・行裁集二〇巻一二号一六五四頁参照)。

二  不法行為にもとづく訴えについては監査請求を経ていないとの点について。

前認定のような原告らの下松市監査委員に対する監査請求の内容によれば、原告らはそこにおいて主張する違法事由を、下松市長が一七一九万九〇〇〇円についても国庫負担金請求ができたのに適正化法による交付申請ないし不服申立をしなかつた点において捉えているやにもみえるのであつて、そうとすれば、それは必ずしも違法事由を不法行為に対する損害賠償請求をしない点で捉えるのと直ちには結びつかないとも云えなくはないが、原告らの監査請求の全趣旨に鑑みれば、その主眼は損失補填のための必要な措置を求めていることは明らかであるから、その前提として、原告らは当然に右損失補填の措置を下松市長がとらないことを違法事由として主張しているものと認められる。そして、原告らが本訴において主張する違法事由、即ち、下松市長が主位的に国庫負担金請求権、予備的に不法行為による損害賠償請求権ないし不当利得返還請求権を行使しないことは、原告らが前記監査請求で主張した違法事由を法律的側面から具体的に再構成したものに外ならず、監査請求で何ら主張しなかつた違法事由を附加したものとは云えないというべきである。

三  以上の次第で、原告らは本件主位的訴え、予備的訴えのいずれについても適法に監査請求を経ているものであり、この点に関する被告の本案前の抗弁は、いずれも失当である。

第二本案に対する判断

一  原告らが山口県下松市の住民であることは当事者間に争いがない。

二  下松市が、児童急増による教室不足解消のため、本件新増築事業を昭和五〇年八月二〇日競争入札により株式会社中山組外二社に請負わせて施行し、昭和五一年三月一九日完成した新増築校舎の引渡を右各請負業者から受け、翌三月二〇日から使用を開始したこと、右新増築事業に下松市が要した経費は工事費一億一三四六万円を含め合計一億一七九八万八五四四円であり、同市がこれを支払つたことは当事者間に争いがなく、原本の存在と成立に争いない甲第一六号証によれば、本件新増築事業に下松市が要した経費のうち事務費は四五二万八五四四円であることが認められる。

三  本件新増築事業につき下松市が被告から既に交付を受けた国庫負担金の額が六一四五万七〇〇〇円であり、その交付に至る経緯が請求原因3の(一)ないし(一四)のとおりであることは当事者間に争いがない。

四  公立小学校の建物建築に係る国の費用負担に関する現行法令の概要は、次のとおりである。

地方自治法二条三項五号は、学校施設の設置、管理を固有事務として地方公共団体の権限とし、学校教育法二九条は市町村に小学校設置義務を負わせ、これに要する経費について、同法五条は原則として設置義務者即ち市町村が負担するものとしている。

市町村の小学校設置義務と費用負担の関係については、地方財政についての基本原則を定めた地方財政法にも同趣旨の定めがある。即ち同法九条は、地方公共団体又は地方公共団体の機関の事務を行なうために要する経費は原則として当該地方公共団体が全額これを負担するものとし、例外的に同法一〇条一号の三により義務教育諸学校の建物建築に要する経費についてはその経費の全部又は一部を国が負担することとし、同法一一条によりその負担すべき経費の種目、算定基準及び負担割合は法令で定めなければならないこととしている。

このように、現行の法体系においては、設置者が経費を負担するのが原則であつて、国が経費を負担するのは例外であるとの建前に立ち、例外として国が経費を負担する場合にどの範囲で負担するかは、個々の具体的な法令の規定により定めることとしているのである。

なお、原告らは、憲法二六条により当然に国が小学校設置費用を負担する義務を負うものであるかのように主張するが、同条の規定する国の憲法上の責務は、国民の教育を受ける権利を確保するために法律で必要な措置をとるべきことにある。これを学校施設の整備について言えば、同条による国の責務は、国民が地方公共団体を含めた全体としての国家からひとしく教育を受ける機会を享受できるよう制度を整備することにあるのであつて、国自らがすべての学校施設を建築し国民に提供することにあるのではない。国自らが学校建物を建築し国民に提供するか否か、その費用負担を行なうか否か、費用負担するとしてその範囲いかんといつた問題は、憲法二六条が直接規定するところではなく、立法にゆだねられているというべきである。そして現行法が市町村に小学校設置義務を負わせ、その費用負担について設置者負担を原則とし例外的に国が費用負担することとしていることは、前記のとおりである。

右例外的に国が経費を負担することとした義務教育諸学校の建物建築に要する経費につき、その負担する部分を具体的に定めているのが義務法である。

義務法三条一項一号は、公立の小中学校における教室不足解消のための校舎の新増築に要する経費についてその二分の一を国が負担することとし、例外的に義務法附則三項は、児童又は生徒の急増地域として文部大臣の指定を受けた地域については一定年度に限り右経費の三分の二を国が負担することとしており、義務法四条は、国が負担すべき経費の種目を工事費(本工事費及び附帯工事費)及び事務費としている。そして右経費の算定方法に関し、義務法五条一項は、同法三条一項一号の場合の工事費は原則として新増築を行なう年度の五月一日現在における当該学校の学級数に応ずる必要面積から新増築を行なう年度の五月一日における保有面積を控除して得た面積を、義務法七条により文部大臣が当該新増改築を行なおうとする時における建築費を参酌して大蔵大臣と協議して定める一平方メートル当たりの建築単価に乗じて算定することとし、事務費は義務法九条、義務法施行令一〇条が、右工事費に百分の一を乗じて算定することとしている。又、義務法三条一項は政令で定める限度で右の経費を負担することとしており、これを受けた義務法施行令一条は、一項において毎会計年度義務法三条一項各号ごとに、義務法七条に規定する一平方メートル当たりの建築単価に建物の構造の種類別に文部大臣が大蔵大臣と協議して定める面積を乗じて得た金額の合計額に百分の百一及び義務法三条一項各号に掲げる負担割合を乗じて得た金額を政令で定める限度とする旨、二項において国庫負担金の交付を受けようとする地方公共団体の長は、当該新増築事業につき文部大臣の認定を受けねばならない旨、三項において文部大臣は一項の金額を超えない範囲で二項の事業認定をしなければならない旨規定している。

即ち、義務法はその規定する算定方法、負担割合等によつて算定される額をそのまま国が負担することとはせず、文部大臣の認定を受けた範囲内で負担することとしているのである。

義務法は、その規定する学校建物の建築に要する経費に係る国の負担金について、具体的な実施方法に関しては、その前提として前記文部大臣の事業認定制度を規定しているものの、その外に何ら規定しておらず、従つてその交付等の具体的な実施は適正化法の適用を受けることとなる(適正化法一条、二条一項二号、四条)。

適正化法の規定によれば、学校建物の建築に要する経費に係る国の負担金の交付申請をしようとする地方公共団体は、所定の負担金交付申請書を所定の時期までに文部大臣に提出しなければならず(適正化法五条、同法施行令三条)、文部大臣は提出を受けた交付申請書につき、負担金の交付が法令及び予算の定めるところに違反しないかどうか、事業の目的及び内容が適正であるかどうか、金額の算定に誤りがないかどうか等を調査のうえ、負担金を交付すべきものと認めたときは交付決定をしなければならない(適正化法六条一項)。又、適正な交付のため必要なときは修正を加えて交付決定することができるし(適正化法六条二、三項)、条件を附することもできる(適正化法七条)。そして文部大臣が右交付決定をしたときは、すみやかにその決定の内容及びこれに条件を附した場合にはその条件を交付申請者に通知しなければならない(適正化法八条)。交付決定を受けた地方公共団体は、当該交付決定の内容及びそれに附された条件、その他法令に基づく文部大臣の処分に従つて事業遂行しなければならず(適正化法一一条一項)、その遂行状況を文部大臣に報告しなければならない(適正化法一二条)。文部大臣は、右報告等からその事業が交付決定の内容又はこれに附した条件に従つて遂行されていないと認めるときは、これらに従つて遂行すべきことを命ずることができるし、右命令に従わない地方公共団体に対しては当該事業の一時停止を命ずることができる(適正化法一三条)。更に文部大臣は、地方公共団体が国の負担金を他の用途に使用し、その他交付決定の内容又はこれに附した条件その他法令又はこれに基く文部大臣の処分に違反したときは、交付決定の全部又は一部を取消すことができ(適正化法一七条一項)、右の場合に既に負担金が交付されているときはその返還を命じなければならない(適正化法一八条一項)。右返還を命じた負担金については、国税滞納処分の例により徴収することもできる(適正化法二一条)。地方公共団体は、交付決定を受けた事業が完了したときはその成果を記載した補助事業等実積報告書に所定の書類を添付のうえ文部大臣に報告しなければならず(適正化法一四条)、右実積報告を受けた文部大臣は、その成果が交付決定の内容及びこれに附した条件に適合するものであるかどうかを調査し、適合すると認めたときは交付すべき負担金の額を確定し、当該地方公共団体に通知することとなつている(適正化法一五条)。

以上のとおり、公立小学校校舎の新増築に要する費用について、現行法は学校設置義務者たる市町村が原則的にこれを負担するものとし、例外的に国が負担金としてその費用の一部を支出することとして、その負担すべき金額の算定基準、負担割合等を義務法で規定するとともに、市町村が国の負担金の交付を受けるには、義務法及び適正化法の定めるところに従い、文部大臣の事業認定(義務法三条一項、義務法施行令一条)及び交付決定(適正化法六条)を要することとしているのであつて、かつ国の負担金額は、当該事業の完了後になされる文部大臣の負担金額の確定(適正化法一五条)をまつて最終的に確定することとしているのである。

そこで以下においては、公立小学校校舎の建築に係る国の負担金につきその算定方法、文部大臣の事業認定及び交付決定を中心として、原告らの主張をふまえ義務法及び適正化法の規定をより詳細に検討することとする。

五  公立小学校の校舎の新増築に要する経費に係る国庫負担金の額は、前記のとおり原則として新増築を行なう年度の五月一日における当該学校の学級数に応じる必要面積から新増築を行なう年度の五月一日における保有面積を控除して得た面積を義務法七条による一平方メートル当たりの建築単価に乗じて得た工事費の額(義務法五条一項)と右工事費に百分の一を乗じて得た事務費(義務法九条、義務法施行令一〇条)との合計額(義務法四条)に国の負担割合(二分の一又は三分の二、義務法三条一項一号、附則三項)を乗じて算定することとなつている。

しかしながら、この算定に用いる面積、単価の点については文部大臣の合目的的裁量による判断を受けなければ確定され得ない要素が多く残されており、右規定から直ちに具体的な国庫負担金額が算定できるものではない。

第一に面積に関してであるが、必要面積については義務法施行令七条に規定があるものの、必要面積から控除すべき保有面積については規定がなく、文部大臣の裁量による決定のなされることが予定されている。そこで、文部大臣は、公立学校施設費国庫負担金等に関する関係法令等の運用細目(以下「運用細目」という)を定立し、保有面積の意義、算定方法等を明らかにしている。しかしながら、義務法、義務法施行令の各規定及び運用細目によつても一義的に明確にならず、なお文部大臣の個別専門的技術的な判断に待たなければならない面のあることを否定できない。例えば、義務法施行令七条に規定する必要面積について、義務法八条一項の工事費の算定方法の特例の適用を受け必要面積を拡大して工事費を算定するには、「政令で定める特別の理由」(義務法八条一項)を要するところ、これを受けた義務法施行令九条一項は、右「特別の理由」として、一号において当該学校の学級数が増加することが明らかなこと、二号において前号に定めるもののほか文部大臣が特に認めた理由と定め、右二号における「文部大臣が特に認めた理由」を文部大臣は運用細目に定めているが、これによると、小中学校の校舎については次のとおり定められている。

〈a〉  当該学校の保有面積のうち教室に使用することができる部分がきわめて少ないこと。

〈b〉  当該学校の学級数(特殊学級を含む)が増加(住宅の建設等に伴う前向き整備を行なう場合における学級数の算定日後の学級数の増加を除く)することが明らかなこと。

〈d〉  そのほか、文部大臣が特に認めた次の理由その他特殊な事情があること。

〈a〉′ 国庫負担対策事業として中央暖房方式による暖房設備のための施設又は空気調和方式による設備のための施設を設けようとしていること。

〈b〉′ 当該学校の保有面積に、特別な施設(中央暖房方式による暖房設備のための施設、空気調和方式による設備のための施設、井戸水くみ上げ用機械室、学校用自動車車庫等)が含まれていること。

そして、右〈a〉の「きわめて少ない場合」かどうかの判断及び〈d〉の「その他の特殊な事情があること」の判断は、文部大臣の個別専門的技術的な判断にまたなければ確定し得ないのである。

第二に単価の問題についても、義務法七条に基づく建築単価の決定は、文部大臣が大蔵大臣と協議のうえ標準的な仕様を前提とし、かつ建築資材価格、労務費の動向を基礎とした物価上昇率、各地域における特殊事情等をも考慮して各年度における建築単価を定めるべきものであり、文部大臣の個別裁量を経ずして直ちに確定し得るものではない。

この点に関し、原告らは国の負担金の額は義務法及びその附属令規により客観的に確定される旨主張し、その際その附属令規の一として文部大臣の定める細目の一般的基準をかかげるが、右原告らの主張は、右一般的基準の定立自体文部大臣の裁量的権限の行使に外ならないことを看過した主張であつて失当たるを免れないし、仮にその点はさておくとしても、右のとおり一般的な基準のみでは確定し得ず、なお文部大臣の個別専門的技術的な判断にまたなければならない面が存するのであつて、原告らの主張はいずれにしても失当である。

国庫負担金の額の具体的算定には、文部大臣の認定から交付決定にいたる過程において、文部大臣の個別的裁量が不可欠なのである。

なお、原告らは、義務法七条による建築単価の決定につき、個々の学校の事業の実際の工事に要した工事費の単価に合致するように建築単価を定めなければならないかのような主張をするが、同条がそのような趣旨の規定でないことは、「当該新増改築を行なおうとする時における建築費を参酌して」と規定する同条の文言自体からも明らかであるし、実質的にみても、各市町村の建てる学校の建物建築に要する経費は、設計内容や建設業者との契約方法等によつて相当な差が生じ一様なものではないにもかかわらず、実際の工事に要した全経費をそのまま認めて国庫負担金の算定基礎とすることとなれば、学校施設として一般的でないと思料されるものについてまでも当然に負担対象とされることとなり、国庫負担金の効率的活用が阻害されるばかりでなく、国民経済的見地からも妥当とは考えられず、また市町村の間の格差を助長することともなり、全国的に一定の水準を維持しつつ義務教育施設の整備を促進するという国庫負担制度の目的にもとることともなると言わねばならない。

六  公立小学校校舎の新増築に係る国庫負担金の額は、右に述べたとおり義務法及び義務法施行令等のみでは一義的に明らかにならず、文部大臣の定める運用細目及び文部大臣の個別専門的技術的判断を経て始めて算定し得るのであるが、更に義務法三条一項は、その負担につき国が右により算定される額を無制限に負担するのではなく、「政令で定める限度」においてこれを負担することとしており、国庫負担金の交付を受けようとする者は、右規定を受けた義務法施行令一条に従い文部大臣の事業認定を受けなければならない。

即ち、義務法施行令一条は、一項において毎会計年度文部大臣が大蔵大臣と協議して定める国庫負担金総額を義務法三条一項の「政令で定める限度」とする旨規定し、二項において義務法に基づく国庫負担金の交付を受けようとする地方公共団体の長は、当該事業につき文部大臣の認定を受けなければならない旨、及び三項において文部大臣の右認定は一項の国庫負担金総額を超えない範囲でしなければならない旨規定している。

文部大臣の国庫負担事業認定制度は、義務法施行令一条一項により毎年度の国庫負担金総額が限度額として設定されることから、必然的に右金額の限度内においていかなる事業につきいかなる範囲で国が経費を負担するかを明らかにする必要が生じることから規定されたものであり、文部大臣は毎年度定める日までに国庫負担事業認定申請書を国庫負担金の交付を受けようとする地方公共団体から提出させ(義務法施行規則一条)、それらにつき国庫負担事業としての適格性、緊急性等を審査のうえこれに適合するものについて認定を行なうが、文部大臣が認定を行なうについては義務法施行令一条一項の国庫負担金総額を超える認定はできないし(義務法施行令一条三項はこのことを注意的に規定したものである)、国庫負担金の交付決定(適正化法六条)もまたその前提たる文部大臣の認定に拘束され、認定を受けていない事業あるいは認定を超える額については交付決定をなすことができないと解すべきである。そして、国は右のような認定制度の運用により、事前に国庫負担金の交付の対象となるべき個々の多数の事業について調整を行ない、財源の効率的運用と関係諸手続の円滑な遂行をはかるとともに、各地方自治体に対してもその国庫負担金事業の着手に便宜をはかつているのである。

原告らは、義務法三条一項の「政令で定める限度」を規定しているのは義務法施行令一条一項のみであり、文部大臣の国庫負担事業認定制度は義務法三条一項に根拠を有するものではない旨、又仮にそうではないとしても、文部大臣の認定制度は国庫負担金請求権の存否及び額のすべてを文部大臣に白紙委任するもので、義務法施行令一条の規定は無効であると主張する。

しかしながら、義務法施行令一条一一項の規定が同条一項の規定と相まつて一体として義務法三条一項の「政令で定める限度」を規定したものであることは、既に述べたところにより明らかであるばかりか、立法技術上条文の一部をなすものとされている義務法施行令一条の見出しが「法第三条第一項の政令で定める限度」となつていることや、一の条文中の各項は単なる法文の段落に過ぎないとみられることからも明らかであつて、この点に関する原告らの主張は採用できない。又、義務法施行令一条一項は毎年度の国庫負担金の総額の算定方法を規定したものであつて、国庫負担金の存否及び額のすべてを文部大臣に白紙委任したものではないし(もつとも国庫負担金の総額の算定に際し、その基礎となる毎年度事業ごとの建物の構造別の具体的な面積については、文部大臣の定めに委ねられているものの、これは、当該毎年度の具体的な面積の決定が一義的に明白な算式等の規定になじむものではなく、当該年度の財政事情、事業ごとの設置者の建築計画等を考慮し、大蔵大臣と協議したうえでの文部大臣の専門的技術的な判断に委ねるのが最も適切であることによるものと思われるし、右面積を乗ずべき建築単価については文部大臣は工事を行なおうとする時における建築費を参酌しなければならないとされているのであるから、右施行令一条一項を以てすべてを文部大臣に白紙委任した無効のものということは相当でないというべきである。)同条二、三項は同条一項で定められた国庫負担金の総額と各地方公共団体の個々の事業計画との間の当然の調整機能を文部大臣に付与したものであることも前記のとおりであつて、文部大臣の国庫負担事業認定制度が国庫負担金請求権の存否及び額のすべてを文部大臣に白紙委任したものではないこと明らかである。この点に関する原告らの主張も採用できない。

更に、原告らは、文部大臣の国庫負担事業認定制度が、地方財政法一一条、一〇条、二条二項、地方自治法二条三項五号に反し、ひいては憲法九二条、九四条にも違反する旨主張する。しかしながら、地方財政法一一条は国庫負担制度が合理的、客観的かつ安定的に実施されることを担保するため、国庫負担金に係る経費の種目、算定基準及び国の負担割合について法令で定める旨を規定したものであつて(かつ右要請は既にみたとおり義務法等の規定により満たされている)、文部大臣の認定制度を排除する趣旨のものとは解されない。又、文部大臣の認定制度は、それ自体としては地方自治の本旨に反するような制度ではないことはもとより、地方自治体の学校設置権限を侵害し、その費用負担を違法に地方自治体に転嫁し、あるいは国が違法にその費用負担を免れる制度でないことは明らかであつて、これらに関する原告らの主張は、現行法制に乖離した独自の見解に過ぎない。

七  公立小学校校舎の新増築に係る国庫負担金の交付を受けるには、前記のとおり文部大臣の事業認定を受けることが必要な外、適正化法に従い、国庫負担金交付申請をなし、文部大臣の国庫負担金交付決定を受けなければならないが、原告らは、公立小学校校舎の新増築に係る国庫負担金請求権は義務法の規定により発生し、こと負担金に関する限り、補助金とは異なり、適正化法による文部大臣の交付決定は、右発生している国庫負担金請求権を確認する行為に過ぎない旨主張する。

しかしながら、適正化法の規定は負担金と補助金とでその規定上何らの区別をしておらず、負担金についてのみ別異に解釈することは文言上困難であるし、その規定によれば、

1  補助金等(国が国以外の者に対して交付する(一)補助金、(二)負担金(国際条約に基づく分担金を除く)、(三)利子補給金及び(四)その他相当の反対給付を受けない給付金であつて政令で定めるものをいう―適正化法二条一項)の交付の申請をしようとする者は、毎年度一定時期までに所定の書類を添えて各省各庁の長に提出しなければならず(適正化法五条)、これに対し各省各庁の長は、所要の審査、調査等を行なつたうえで補助金等の交付決定を行ない(適正化法六条)、必要に応じ補助金等の交付の目的を達成するため当該交付決定に条件を附する(適正化法七条)。

2  補助金等の交付の対象となる事務又は事業(以下「補助事業等」という。適正化法二条二項)を行なう者(以下「補助事業者等」という。適正化法二条三項)は、交付決定の内容又はこれに附した条件に不服があるとして申請の取下げをしない限り(適正化法九条)、交付決定の内容及びこれに附した条件等に従つて補助事業等を行なわなければならない義務を負う(適正化法一一条一項)。

3  補助事業者等が交付決定の内容又はこれに附した条件に従つて補助事業等を遂行していないと認められるときは、各省各庁の長は、その者に対し、これらに従つて当該補助事業等を遂行すべきことを命じ、この命令に違反したときは、その者に対し、当該補助事業等の遂行の一時停止を命ずることができ(適正化法一三条)、この命令違反に対しては刑罰が科せられることとなつている(適正化法三一条一号)。

4  各省各庁の長は、補助事業者等が補助事業等に関して交付決定の内容又はこれに附した条件に違反したときは、交付決定を取消すことができ(適正化法一七条)、交付決定が取消された場合において、補助事業等の当該取消に係る部分に関し既に補助金等が交付されているときは、その返還を命じなければならず(適正化法一八条一項)、右返還を命じた補助金等については、国税滞納処分の例により徴収することができる(適正化法二一条)。

のであつて、右各規定によれば、交付決定は、決して単に補助金等の内容を確認するだけのものでないことは明らかである。即ち、交付決定をする場合に始めてこれに条件を附することが可能となり、交付決定があつて始めて交付決定の内容及びこれに付された条件に従うべき義務が生ずるのである。そして、その義務に違反した場合には、交付決定を取消したうえ補助金等の返還を命ずることができ、あるいは補助事業等の一時停止等の命令を発することができるのであつて、しかも該命令に違反したときは刑罰までも科せられることになつているが、これらはすべて交付決定の効果以外の何ものでもない。もし、交付決定がなされていなければ、補助金等の交付の不正申請及びその不正使用の防止を目的とした前述の諸規定が適用される余地はなく、その目的は達せられないこととなる。

つまり、交付決定は、補助事業者等に補助金等をその交付の目的に従い使用すべきことを義務づける性格を有する行政処分であり、この交付決定を経ることにより、補助金等が適正に使用されることが法的に担保されることとなるのである。

換言すれば、適正化法は、相当の反対給付を必要とせず、その使途の定まつたものである補助金等については、交付決定を経ることにより、これをその使途どおりに使用すべき法的義務を負うことと引換えに給付することとしているのである。もし交付決定を経ずして補助金等についての具体的な請求権が発生するものとすれば、補助事業者等は、補助金等の交付を受けながら、条件を附されることもなく、又、補助金等を適正に使用しなかつた場合にも、前述のような適正化法に定める制裁措置を受けることがないという結果となるが、適正化法はこのような明白な不合理を許容するものではない。

又、交付決定の全部又は一部が取消された場合に、既に補助金等が交付されているときは、各省各庁の長は、その返還を命じなければならず、右返還を命じた部分については、これを民事訴訟によることなく国税滞納処分の例により強制的に徴収できることとなつていること前記のとおりであるが、これらの適正化法の規定は、補助金等の交付の相手方の当該補助金等についての具体的請求権が交付決定の効果そのものとして発生し、交付決定の取消によりこれが消滅することを端的に示しているものである。

更に、適正化法は、各省各庁の長は、補助金等の交付決定をしたときはこれを当該補助金等の交付申請をした者に通知しなければならない旨(適正化法八条)、補助金等の交付決定、補助金等の交付決定の取消、補助金等の返還の命令その他補助金等の交付に関する各省各庁の長の処分に対して不服のある地方公共団体は、政令で定めるところにより、各省各庁の長に対し不服申出できる旨(適正化法二五条)定めているが、これらもまた、交付決定が行政処分であり、補助金等の具体的請求権の発生が交付決定にかからしめられていることを裏付けるものということができる。

なお、前記四項においても述べたが、補助事業者等は、補助事業等が完了したときは、補助事業等の成果を各省各庁の長に報告しなければならず(適正化法一四条)、この報告を受けた各省各庁の長は、その報告に係る補助事業等の成果が交付決定の内容及びこれに附した条件に適合するものであるかどうかを調査し、適合すると認めたときは、交付すべき補助金等の額を確定することとなつている(適正化法一五条)。従つて、具体的な補助金等の交付請求権は前記のとおり交付決定により一応発生するものの、その内容は右「額の確定」をまつて最終的に確定することとなるのである。

右にみたとおり、適正化法は補助金等の具体的な交付請求権を交付決定により発生するものとしているが、その実質的理由としては次のような点をあげることができよう。

即ち、補助金等に関する法律関係は、毎年極めて大量に発生するのみならず、その内容は複雑であるが、他方、行政客体の平等取扱いという要請、あるいは財政の民主的統制と安定性の確保のための種々の財政会計制度の制約にこたえ得るものでなければならない。そこで、この補助金等に関する法律関係については、その内容を明確にし、早期に安定させ、全体として統一を保つて適正に処理して行くことが強く要請されるのであり、現行制度はこの要請にこたえるため、補助金等についての具体的請求権の発生、変更、消滅を行政庁の判断にゆだねているものと解される。

即ち、適正化法は、補助金等についての具体的な請求権を、毎年度一定時期までに行なわれる申請を前提に、行政庁が行なう行政処分たる交付決定の効果として位置づけ、かつ右交付決定により補助事業者等に補助金等をその使途どおりに使用すべき法的義務を負わせることにより、当該補助金等に関する法律関係を明確にし、早期に安定させ、全体として統一を保つて適正に処理して行くことを可能にし、もつて、補助金等の交付の不正申請及び補助金等の不正な使用の防止、その他補助金等に係る予算の執行並びに補助金等の交付決定の適正化を図る(適正化法一条)という適正化法の目的の達成を期しているのである。

負担金について、交付決定を経由することなく各実体法の規定に直接基づいて具体的な請求権が発生するとの見解をとれば、国はいつ、いかなる内容の負担金交付請求権が発生し、それが行使されることになるかを把握することが困難となり、又不正な負担金の使用の防止のための有効な措置をとりえず、その結果適正化法の前述目的の達成が不能又は著しく困難となるのみならず、予算編成にも支障が及び、ひいては財政上の基本原則として採用されている会計年度独立の原則をおびやかすこととなり、又、国家財政の計画的運用、財源の効率的活用も不可能となること明らかである。

以上のとおり、適正化法上の補助金等は、行政庁の交付決定により、はじめて具体的な請求権として発生するものである。補助金等の一つである小学校校舎新増築に係る国の負担金についても、このことは同様であつて、原告らのこの点に関する主張の失当であることは、既に述べてきたところにより明らかである。

八  右にみてきたとおり、公立小学校校舎の新増築に要する経費に係る国の負担金についての具体的な請求権は、義務法及び適正化法による文部大臣の事業認定及び交付決定を経て始めて発生するものであるところ、原告らが主位的に国庫負担金請求として支払を求める金一四四八万八二二八円については、文部大臣による事業認定及び交付決定がなされていないことがその主張自体から明らかである。従つて、右金一四四八万八二二八円については具体的な国庫負担金請求権は発生しておらず、右は地方自治法二四二条にいう財産には該当しないというべきである。

又、原告らが予備的請求として支払を求める右同額の不当利得返還請求権ないし不法行為に基づく損害賠償請求権についても、いずれも前記国庫負担金請求権が具体的に発生していることを前提とするものであるところ、本件においては右負担金請求権は発生していないのであるから、その支払を免れることによつて国に不当利得が発生し、あるいはその行使を妨げたことによつて不法行為責任が国に生ずるといつたことはあり得ないことと言わねばならない。

原告らの主位的請求及び予備的請求はいずれもその余について判断するまでもなく理由がない。

第三よつて、原告らの主位的請求及び予備的請求をいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 西岡宜兄 紙浦健二 上田昭典)

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